2015年08月11日

安保法制について考えて、まとめてみる。

まず最初に明言しておきますと、私自身は賛成も反対もしていません。どっちつかずです。
賛成寄りの意見を持った事もありましたが、色々調べた結果、手放しで賛成できるものではないと思っています。

私もきちんと全部の意見を調べられたわけではありませんし、間違いもあると思います。ですが、とりあえず現時点で感じた事をここにまとめておこうと思います。
 
A.反対派が反対する理由(のうち、納得できるもの)
(1)日本が他国の敵に恨まれる可能性
例えば、B国がA国に宣戦布告をしたとします。
A国と日本は同盟を結んでおり、今回の法案によって、日本はA国とともにB国と戦わなければならない。それによって、B国から日本も一緒に恨まれ、攻撃されてしまうのではないでしょうか?
‥‥というものです。
現に、(あれを国と呼ぶ事には抵抗がありますが)日本は(いわゆる)イスラム国という武装集団に恨まれており、テロの標的にするとまで言われています。
なぜなら、日本がアメリカを支援しているため、アメリカの仲間だと思われたからです。

同じような事が、この法案が成立する事によって起こるのではないか? そういう懸念はたしかにあります。


(2)徴兵制の復活(自衛官の減少によるもの)
今回の法案で、(かなり砕いた言い方をしますが)集団的自衛権を行使できるのは自衛官のみであると明記されています。
そのため、一般国民が戦争に巻き込まれるような法案ではありません。
しかし、「自国が直接攻められた時以外は戦闘したくない」と思っている自衛官がいた場合、この法案が通ると自衛官をやめてしまうかもしれません。
そして、報道によると、今回の件で退職を考えている自衛官が数百人単位で存在する、らしいのです。

もし、今回の件で自衛官がどんどん辞めて国を守る人員が足りなくなった場合、どうなるのか? 部分的な徴兵制を敷いて人員を補充せざるを得なくなってしまうのではないか?
そんな懸念があるわけです。
後述する理由によってその確率は低いと思っていますが、理屈は分かります。


(3)今の日本が攻められることなどあり得ない。だからこんな法案は要らない。
多くの人が中国を脅威と感じていますが、いくらなんでも攻めてくる事はないだろう、という考えです。
ただし、この理由については私は懐疑的です。あの国は社会主義国家であり、国民の意思など関係なしに政府が動く事ができます。しかもあの国の政府は何を考えているのか分かりませんし、あの閉じられた政府の中に、危険な思想を持っている人がいる可能性を捨てられません。実際、あの国は周辺国が脅威を感じるほどの軍事拡張を進めています。
そのため、私はこの(3)については、ちょっとなぁと感じています。

アメリカなんかは民主主義の国なので、例えば仮にアメリカ政府が日本を侵略したいと考えたとしても、国民が許してくれません。アメリカは、侵略戦争ができない国なのです。(正義のための戦争は大好きなようですが‥‥)
よく挙げられる韓国についても同様で、(竹島について触れるとややこしくなるので、あえてこの記事では考えませんが)少なくとも日本列島を攻めたりはしません。
日本を攻めると間違いなく韓国は孤立しますので、そんな事はしないでしょう。そもそも韓国が日本を攻めてもメリットがありません。

でも、中国だけは、そういう安心できるような論理がありませんので、やっぱり安心できません。(孤立してもやっていけそうですし、そもそも孤立しない可能性が高いです。)
元々孤立している北朝鮮や、各種テロ組織についても同様です。これらの3組織のターゲットになる可能性は、除外できません。

(4)違憲である
憲法9条には「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」とあります。集団的自衛権はこれに抵触するという論理です。ただし、今回の条文は「他国が攻められ、それによって我が国の安全が脅かされる場合(編注:かみ砕いて書いてます)」に適用されるとありますので、うまく9条をすり抜けていると考える事もできます。
私は法学の専門家ではありませんので、これについては判断がつきません。ただし、報道によると違憲であると主張している憲法学者の方が圧倒的に多いそうです。
これを見越してか、「安保法制には賛成だけど、先に9条を改正すべきだ」という理由で反対している人もいるぐらいです。


B.賛成派が賛成する理由(のうち、納得できるもの)
(1)そもそもこれは、日本が攻められないようにするための法案である
つまり、日本も集団的自衛権の輪の中に入る事によって、「日本を攻めたら集団的自衛権によって、他の国からしっぺ返しを食ってしまう。だから攻めるのはやめておこう。」と思わせる事ができますし、実際に守ってもらう事もできます。

(2)他の国がすぐ近くで攻められているのに、日本は見ているだけ。こんな事を繰り返していてはいけない
自衛隊が、イラクのサマワに行ったときの事です。武力行使ができない自衛隊は、事実上、近所のオランダ軍に守ってもらっているような状態でした。(実際、宿営地が攻撃された事がありましたが、他国の軍に助けてもらっていました。)
しかし、そのオランダ軍が武装勢力に攻撃され、ピンチになった時、自衛隊は助けに行かなかったのです。実際は法律や任務に違反してしまうので「助けに行けない」のですが、他の国にとっては「何もせずに傍観していた」という風に映ったそうです。

こんな制限がかかっているのは自衛隊だけです。今回の法案では、それがいくらか緩和されます。(武器を使うことができるようになります。)
サマワへの派遣自体をしなければ良かったのではないか? という考えもありますが、「みんなやってるのに日本だけしない」というわけにはいかないのでしょう。

ただし、「攻撃されている他者を助けに行く」という行為が9条と矛盾してしまうため、話は複雑です。


C.他、この問題をややこしくしているもの
(1)「日本が他国と戦争するような国になる」という言葉の意味。
おそらく、これを最初に言った人は、上記の理由A-(1)のような理由でこれを言ったのだと思います。
しかし世間では、どうも違う解釈をされているような気がします。

「戦争」という言葉を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか? 侵略戦争を思い浮かべる人もいれば、攻められた他国を助けに行くための戦争を思い浮かべる人もいます。日本自身が攻められた時の防衛戦争を思い浮かべる人もいますし、外国軍に銃弾を提供するだけで「戦争に荷担した」と見なす人もいます。
どこまで許せるのかのラインは人によって違うと思いますが、これらの論争を「戦争」の2文字だけでやっちゃってるので、言葉の意味が正確に相手に伝わっていません。
助けに行くための戦争について論じているのに、それを侵略戦争の意味で捉えて反論されると、議論が噛み合わなくなります。さらに関係の無い人が、防衛戦争の意味で意見を言うと、さらに話がややこしくなります。

(2)この法案でどんな「戦争」が可能になるのか?
a.この法案で侵略戦争はできません。少なくともこれは確実です。
b.他国の侵略戦争を支援する事もできません。これもできないような条文になっています。
c.攻められた他国を助けに行くのはどうか? この辺から微妙になっていきます。要綱によると「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」であれば、自衛隊を派遣できるようです。
あとは「助けに行くこと」の是非です。それすら認めないのか、それはした方が良いんじゃないかと考えるのか。これが賛否分かれる根本的な部分であり、「集団的自衛権」と呼ばれているものです。
d.自国が攻められた場合に防衛するのも「戦争」ですが、これは元々可能なので問題ありません。
e.アメリカがやったような「あの国は大量破壊兵器を持っているに違いないから攻めよう」というのは、条文を見る限り、今回の法案では不可です。

今回の法案で争点になるべきなのは、c.です。
この法案を議論する際は、議論する必要のない部分にまで話がブレないように、気を付ける必要があります。

(3)「現政権は戦争をやりたがっている」という言葉
たまに演説で聞く言葉です。
でも、誰だって侵略戦争なんかしたくありません。安部首相もしたくないでしょうし、そもそも日本の兵力では侵略なんかできません。
これも「戦争」という2文字に色んな意味がある弊害によるもので、反対派は「現政権が(侵略)戦争をやりたがっている」というニュアンスで演説を行います。
でも、この法案に賛成の人は「集団的自衛権」について論じてますから、侵略戦争なんか言われるまでもなく「やりたくない」のです。賛成派が言っているのは、あくまで攻められた他国を助けに行く「戦争」の事です。
「他国を助けに行く戦争だってしちゃイケナイ」と言うのなら話は分かりますが、果たしてそこまでの意味を込めてこの言葉を叫んでいる人がどれだけ居るのか、かなり怪しいと思っています。

(4)「戦争なんかしちゃいけない」という結論
ここまでで述べた通り、戦争という2文字には色んな意味が含まれています。
あくまで論点は「攻められている他者を助けに行く場合」の話であって、「それもしてはいけないのか?」という点です。
それ以外の戦争については、この法案が可決されても何も変わりません。

ですが、実際にこのレベルで話がされる事は、あまり無いという印象です。たいていどちらかが(もしくは両方が)食い違っているんです。
まあ感情論に持って行ってる時点で、噛み合うわけがないのですが。

(5)「憲法9条を守ろう」という言葉の意味
一見、これは本件とは関係のない話です。この法案の可決・否決によって憲法の条文が変わることが無いからです。
ただし、この法案は違憲の可能性が高く、特にB-(2)で書いたように、「攻撃されている他者を助けに行く」部分など、非常にアヤシイです。おそらく、その意味で「9条を守ろう」と言っているのだと思うのですが‥‥‥

でも実際は、こういった言葉の上っ面の意味をうまく利用して、感情を焚き付けている意見をよく見かけます。そうなると、やっぱり意見が食い違うんですよね。
これで一時的に反対に持って行けるかもしれませんが、中身を理解しないまま感情だけで誘導されている状態を、本当に「世論」と呼んで良いのか、疑問を感じます。


D.その他、補足。
(1)徴兵制について
徴兵制は現在、世界的に廃止される傾向にあります。
軍事大国アメリカはもう徴兵制を実施していませんし、ヨーロッパでも多くの国が徴兵制を廃止しています。それは、戦争の形態が大きく変わり、多額の訓練費をかけて兵士を訓練する必要がなくなったから、と言われています。
今は兵器もハイテク化が進み、第一次世界大戦の時のように、塹壕を掘ってドンパチやるような形態の戦争ではなく、遠距離ミサイルでドカーンとやったり、飛行機で空爆するような形態の戦争にシフトしています。船の乗員も第二次世界大戦の時の半分以下で済みます。そのため、志願兵だけでやっていけるのだそうです。
そのため、日本で徴兵制が実施される確率は非常に低く、万が一、日本で徴兵制が敷かれる事になったとしても、部分的な徴兵制度になるのではないかと考えています。


‥‥とまあ、色々まとめてみました。
私が、こうやってどっち付かずな事を書いている事からも明らかなように、私の中でも結論は出していません。

ただ、暴力を使わずに解決できない「事件」なんて、この世にたくさんあると思うんです。
日本には「警察」という存在がありますので、日本国内であれば、「自分が」暴力を振るわずに問題を解決する事はできるのかもしれません。でも、警察は暴力を使って犯人を取り押さえます。武力による威嚇だって行います。

もし、近くで小さい子供が誘拐されそうになっていたら、どうするでしょうか? 暴力を振るって助けたら、それは集団的自衛権です。警察(アメリカ)を呼んで子供を助けてもらえば良いのでしょうか? そのアメリカが「それぐらい自分でやれよ」と言っているのが今回の問題だと思うのですが、そんな警察の言いなりになるのは、やはり許されない事なのでしょうか?

‥‥などという例え話をすると話が簡単に聞こえますが、日本は1人の個人ではありません。たくさんの人の集まりです。その中には、犯人に逆恨みされるから自分は絶対に手を下したくないと思う人だって居るでしょう。一市民として助けるべきだと思う人もいるでしょう。暴力を振るうという行為自体に嫌悪感を覚える人もいるでしょう。
それに、助けに行くのは自衛官であって、私やあなたではないのです。もし犯人が銃を持っていたら、私は助けには行かないでしょう。でも今回の法改正で、自衛官は助けに行かなきゃいけなくなるのです。
‥‥という風に、やっぱりややこしい話になってしまいます。

そこに、曖昧な言葉で議論が行われて、さらに話がややこしくなってしまうので、余計におかしくなって、パニック状態になっているのが今だと思います。
そして、このパニックはずっと続きそうな気がします。

願わくは、このパニックが落ち着いて、国民みんながこの問題に対して、できるだけ冷静な知識を持つ事を祈っています。
賛成派は「冷静な反対派」の意見についても調べる。反対派は「冷静な賛成派」の意見を探してみる。
まずはそれからだと思うんですよね。
そうしないと、成立・不成立のどちらに転んでも、国民の間にわだかまりが生まれたままになって、また何か法案が出されたとき(もしくは憲法改正の議案が出されたとき)に正常な議論ができなくなると思うんです。

《参考》
平和安全法制整備法案要綱と国際平和支援法案全文
http://www.jiji.com/jc/v?p=houan201505a-01

日本国憲法 第9条条文
1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
posted by TCT at 23:52| Comment(0) | 主張とか
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