2018年10月11日

なぜ、きらら系や日常系には女キャラしかいないのか?

という件について、この前知り合いと議論になったのですが、酒の席だった事もあって、結局結論は出ませんでした。
それから数日が経ち、色々と考えてそれなりに考えがまとまりましたので、久しぶりにブログに書いてみることにします。

ちなみに私は、この件については肯定的です。

●なぜ、女キャラしか居ないことが問題なのか?
まず、この事を問題にしている人は、たいてい下記のような理由だと思われます。
・リアリティが無い(男のいない環境などあり得ない)
・普通、この年頃なら恋愛の1つや2つしているはずであり、違和感がある。
・こんなに可愛い子に男が寄りつかないわけがない。

●女キャラしかいない3つのパターン
さて、ひとえに女キャラしか居ないと言っても、大きく3パターンに分けられます。そして、パターンによって女キャラしか居ない理由が少し異なります。

A.メインキャラは女しか居ないが、モブには普通に男が描かれるパターン
B.メインキャラからモブに至るまで、完全に男を排除しているパターン
C.百合作品なので、男を登場させる意味がないパターン

※近親者(父親など)は例外とします。

それでは、1つずつ見ていきましょう。

A.メインキャラは女しか居ないが、モブには普通に男が描かれるパターン
この場合、モブには男が居ますので、少なくともBのパターンよりはリアリティがあると言えます。
つまり、ヒロインたちが属している友達グループに、たまたま女の子しか居なかった。という事です。

なので、問題視されるとすれば「こんなに可愛い子が男とつるまないなんておかしい」という点でしょう。

その理由はいくつかあると思います。

・その作品が描きたいのはそれじゃない。
例えばその作品が、女の子の仲良しグループの日常を描きたいのだとします。その場合、メインキャラに男が加わるだけでその趣旨が崩壊します。
もちろん、うまく共存させる事は可能です。が、それにはデメリットがあります。作品が「ブレる」のです。

そもそも作品の趣旨と関係のない出来事など、作品にとってはノイズでしかありません。
無駄にページ数が増える上に、読者にとっては興味のないシーンが続くわけです。ターゲット層の需要に合わないものを載せても、待っているのは打ち切りです。

そもそも、日常系作品の多くは4コマ漫画です。4コマ漫画は1話あたりのページ数が少ないため、趣旨と違うシーンを入れる余裕などありませんし、4コマ漫画に深いストーリーを求める人など居ないでしょう。(そういう4コマもありますが、少数派です。)

・日常系に恋愛を入れるとラブコメになってしまう。
つまり、ジャンルが違うわけです。ラブコメが好きな人はラブコメを読めば良いわけですが、「ラブコメ」と「女の子しか出てこない日常系」は明確に区別されます。ターゲット層からして違いますし、描きたいものも異なります。さっきの項目と被りますが、恋愛を描くことを目的としていないのです。

・アイドルはウンコしない理論
アイドルはウンコしない、なんて言われたのは昔の話ですが、そんな事が言われるぐらいアイドルのイメージは大事です。
そして3次元のアイドルにとって、それ以上に大事なのが「アイドルは恋愛禁止」という建前です。
疑似恋愛の対象であるアイドルにとって、熱愛疑惑は大ごとですし、その相手が気に入らないとファンはブチ切れます。

さて、アニメのキャラは、今やただの二次元キャラではなく、まるでアイドルのように愛される傾向があります。
製作側もそれを分かっていて、キャラのグッズやイラストを売り出し、そのキャラの担当声優を集めてラジオやネット番組を放送するなど、アイドルさながらの売り方をしています。
そしてそのキャラのファンも、3次元アイドルのファンさながらにグッズを買い、イベントに並ぶのです。

そんな事情があるため、二次元アイドルに恋愛は御法度です。
男主人公キャラとの恋愛であれば(視聴者が主人公キャラ=自分という視点で物語を見るため)例外的に許されますが、主人公が女性の作品でそれは通用しません。他の男に好きな子を取られたのに近いレベルのガッカリ感が視聴者を襲います。そして、ほのぼのをウリにしている日常系作品において、それは致命的です。

そんなわけで、きらら系漫画(第1話からラブコメを匂わせている作品を除く)で恋愛を描くのは御法度なわけですが、恋愛を描けない作品で異性を登場させるメリットはあるでしょうか?
登場させてもイイ関係にできないのです。一方で、女性キャラ同士がイチャ付くのは何故か許されますので、それなら登場人物を全員女性キャラにして全員にファンを付けた方が「売れる」でしょう。

さらに、視聴者は、「恋愛に発展するおそれがある」というだけで過敏に反応します。ほのぼのがウリの日常系において、リスクなんてものは害悪でしか無いのです。
そのため、せいぜい近親者や教師のような、世間的に「恋愛沙汰になってはいけない」とされている関係のキャラを男にするのが関の山です。先輩や同級生のような「恋愛に発展する可能性がある」キャラは存在自体がアウトです。(「のんのんびより」のように上手く逃げている漫画もありますが……)

・お金の問題
……さて、ここまで読んで、違和感を抱いている人もいると思います。たかが物語の登場人物にそこまで入れ込むなんておかしい、と思う人がいるのは当然ですし、ましてや女性キャラ同士のイチャイチャなど受け付けない人もいるでしょう。
さらに「俺は男女間の恋愛や友情の方が好きなんだ!」という人もいると思います。

ですが、このテの作品に大金をつぎ込んでくれる人……単行本はもちろんの事、グッズやドラマCDまで買ってくれる人というのは、まさにキャラをアイドルのごとく愛し、のめりこむタイプの人です。
また、男女間の恋愛や友情を読みたい人のための作品なら、すでに大量に存在します。同じ土俵に上がるのはアリですが、違う土俵で勝負するという方法もあります。
その違う土俵(女の子の仲良しグループを描く事)に特化したものが、女の子しか登場しない作品なのです。

そして、その土俵が意外と売れる事に気付いた出版社や作者がどんどん参入し、それなりの一大ジャンルを築いて今に至っています。そんな背景がありますので、こういった作品のターゲットは、そういうのが好きな人に定められているのです。

B.メインキャラからモブに至るまで、完全に男を排除しているパターン
これはAの発展版です。(舞台が女子校の場合を除いて)モブに男がいないのは明らかにおかしいのですが、最近の作品は、意図的に男を完全排除している作品が多いです。
かろうじて、父親や祖父が登場するのが関の山でしょう。
(凄いのになると、スポーツの観客が全員女性、というパターンまで存在します。)(※1)

ここまでするからには、かなり強い意図があるのだと思われます。ですので、おそらく(関係者が)作者や編集部の人に聞けば、ハッキリとした答えが返ってくると思います。
しかし、あいにく私は関係者ではなく、ただのいち読者です。そんな事を聞けるコネなど持ち合わせていません。
そのため予想する事しかできませんが、おそらくこんな理由ではないかと思われます。
・作者にとって、女の子を描くほうが楽しいから
・柔らかい雰囲気を重視しているから
・Aで述べた「恋愛に発展するおそれがある」キャラの完全排除
・Cと被りますが「百合を前面に押し出す意図がある場合」

1つ目はもっともな理由です。作品にとって、何よりも一番大事なものは「作者のモチベーション」です。これが無いと作品は成り立ちません。リアリティなど二の次です。
2つ目は、おそらく背景を女性で固める事によって柔らかい雰囲気を出す事を重視しているのではないか、と思います。リアリティよりも雰囲気を優先する人がいてもおかしくはないでしょう。
もしくは、男性というノイズを排除する事で、作品を同系色で染め上げようという意図があるのかもしれません。いわば、青系の色だけを使って絵を描くようなものです。
いずれにしても言えるのは、皆が皆、リアリティを最重要視しているわけではないという事です。

C.百合作品なので、男を登場させる意味がないパターン
これは説明の必要がないと思いますが、百合を前面に押し出している作品に男を出しても意味がありません。
それどころか、逆に「男がいる事によってリアリティが損なわれる」可能性すらあります。

例えば、百合カップルが3組登場する漫画(※2)があったとします。そういう話を成り立たせるには、そのケがある人間が6人必要なわけですが、そんな6人が偶然集まるというのは、かなり希有な事です。
とはいえ、物語に1つぐらい不思議な要素があっても、基本的に許されます。日本昔ばなしを見れば分かるように、不思議な物語などゴマンとあります。
ですが、それを維持するためには、ノイズの排除が必要です。

たとえば、男が1人いるだけで「なんで男がいるのに、百合なんかに走るんだろう?」という疑問を抱く人が出てくるかもしれません。それだけで物語の雰囲気と説得力は損なわれます。
逆に男が登場しない事によって、百合が当たり前の世界観なのだと思わせる効果が期待できます。

なお、余談ですが、(日常系でなければ)百合作品に男が登場する意味はあります。「百合と彼氏、どちらを選ぶか?」というヘビーなお話を描きたいのであれば、男を出しても良いでしょう。しかし、それはもはや日常系が描きたいもの(ほのぼの)とはかけ離れていますので、よほど上手くギャグに落とし込まない限りはジャンル違いです。

●まとめ
結局のところ、日常系とは「日常の楽しい事だけを描くジャンル」なのだと私は思います。日常系にギスギスは不要なのです。
(多少の「揺れ」は許されるものの)楽しい事しか描けないというのは、意外と大きな制約です。それを描ききるためには、何かを犠牲にする事も必要なのだと思います。

少なくとも、日常系作品を他の作品(例えばジャンプ系の少年漫画など)と同列に見る事はナンセンスでしょう。
それはクラシックとヘビメタを比較するようなものです。他のジャンルの物差しで日常系作品を測ることはできません。作品のベクトルが異なるからです。
それに気付かずに、日常系に「中身」や「物語性」「リアリティ」を求める人は後を絶ちません。

もちろん、日常系というのは、漫画やアニメの中でもマイナーな部類のジャンルです。日常系を好きになれない人はそれなりに居ると思いますし、合わない人がいるのも当然です。
そして、嫌いな物に対して粗探しをしてしまうのはよくある事です。

そんなギスギスした現実を、ほんのひとときだけ忘れるための、ささやかな息抜き。それが、楽しい事だけを描く「日常系」というジャンルなのだと私は思うのです。


●脚注
(※1)『球詠』という女子野球を描いた漫画では、選手も監督も観客も全員が女性で、しかもヤジまで飛ばしてくる……という物凄いシチュエーションが「しれっと」描かれます。ここまでやるとすがすがしいです。(これは、作者が百合漫画家だからという理由もあると思いますが。ちなみに作品自体はかなり野球寄りで、このテの作品にしてはシッカリと試合を描いていてなかなか面白いです。)
(※2)『桜Trick』の事です。サブキャラも入れたら4組ですね……
posted by TCT at 23:48| Comment(0) | 漫画・アニメ
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